ハカセKの書斎

ある技術者の独り言

【読書メモ】半導体の地政学

■はじめに

 本書は、半導体地政学的に俯瞰して、今後の日本の取るべき戦略を提言する内容になっている。本書の中で一番目を引いたキーワードが「チョークポイント」だった。本来チョークポイントとは、海洋国家の地政学における概念のひとつであり、 シーパワーを制するに当たり、戦略的に重要な海上水路を指している。一方で、本書では半導体開発戦略を地政学になぞらえてチョークポイントを明らかにしていく視点が興味深い。以下、本書に記載のあったアメリカや中国の動きと「半導体地政学」におけるチョークポイントに絞って内容をまとめてみた。

 

アメリカの動き

 まず、背景理解のために半導体の製造構造について考えてみる。半導体製造においては、インテルのような設計から製造まで一貫して行う、I D Mと呼ばれるメーカーもあるが、設計と製造の観点で分業化が進んでいる。設計については、電子回路の基本パターンや、設計を支援するソフトを開発して、ライセンスの形で他社に供与する企業であるI Pベンダー、個々の半導体の設計図のみ作製するファブレスに分けられる。I Pベンダーの例としてはアーム、ファブレスの代表例はアップルやクアルコムが挙げられる。また、ファブレスから製造を受託して、実際に製造するメーカーをファウンドリーと呼ぶ。代表例は台湾のT S M Cである。これらのバリューチェーンを纏めたのが図1である。

 米国は、このバリューチェーンを細かく調べ上げて戦略を検討した結果、製造部門のファウンドリーを強化する政策を採用した。また、バリューチェーンの観点から対中国政策、特にファーウェイとの関係を検討した結果、ファーウェイの半導体チップ製造部門のハイシリコンはT S M Cに製造委託しており、台湾との関係が弱点であることも見抜き、現在の対中制裁に繋がっている。

 バイデン政権が2021年4月に実施した半導体C E Oサミットに招いた企業は19社あった。そのうち12社がユーザー企業、残り7社が半導体メーカーである。ユーザー側は自動車メーカーで全て米国系自動車メーカーだった。一方で、供給側では米国企業は招かれず、台湾のT S M C、韓国のサムスン電子など多国籍企業が呼び出された。

 要は、ハイデン政権は半導体サプライチェーンデトロイトの視点で見ているということである。つまり、自動車のスマホ化が進み、次世代のキラーアプリケーションが自動車になる想定のもと、米国自動車メーカーに自動車用の半導体設計を握らせたいという思惑が窺える。ちなみに、この半導体C E Oサミットに日本企業は呼ばれていない。

 

■中国の動き

 E Vと自動運転で先頭にいるのが中国企業である。例えば「B A T」と呼ばれる百度、アリババ、テンセントなどのプラットフォーマーは、それぞれの子会社を通じてE Vと自動運転の研究を急ピッチで進めている。自動車が情報端末になれば自動車産業をリードするのはこれらのプラットフォーマーであり、伝統的な自動車メーカーより上に立つうえに立つことを目指している。これに加えて、中国は製造業も強化しており、特に半導体製造装置の伸びは著しい。この理由は二つある。一つは中国政府からの補助金であり、もう一つは米国の禁輸措置である。日本や米国からの調達が難しくなり、国内の製造メーカーから装置を調達せざるを得なくなり、結果として国内メーカの技術力が向上したと考えられる。同じ理由で、素材メーカーも台頭してきた。特に、シリコンウエハとフォトレジストの分野で成長が著しい。

 

半導体におけるチョークポイント

 まず、台湾。ここは現在、世界最強の半導体製造力を持っている。中でもT S M Cは地政学的に見て最も重要な企業である。21年6月時点で時価総額は61兆円で日本首位のトヨタ自動車の2倍だ。技術的には、世界最先端の半導体加工技術を有しており、図1のバリューチェーンで示したように、アップルなどのファブレス企業はT S M Cなしにはモノづくりが成り立たない。

 次にシンガポールの重要性が強調されていた。光ファイバーの海底ケーブルのハブであり、グーグルのアジアにおけるデータセンターの拠点もある。これらはいずれもシンガポールが国として積極的に誘致を行った。そのシンガポールが今、照準を定めているのが半導体である。東京23区ほどの狭い国土の中に半導体工場が点在しており、あえてチョークポイントになることで国家としての重要性を高め、安全保障を担保する戦略をとっている。

 企業としては、アーム、T S M C、およびA SM Lが挙げられていた。英国のアームは、スマホで主流の基本回路をライセンスするI Pベンダーの最大手であり、T S M Cは前述の通り、世界最強のファブレス企業である。一方で、A S M Lはオランダの装置メーカーで、E U Vと呼ばれる最先端露光機の製造を一手に担う。T S M CもA S M Lの露光機なしに半導体は作れない。日系のニコンとキャノンは同社との開発競争に敗れ、最先端露光機の市場から撤退した。これらの企業は半導体バリューチェーンボトルネックになるとされている。

 

■日本の動き

 日本の反転攻勢のポイントとして二つ挙げられていた。一つ目は東大が半導体の三次元集積技術でT S M Cと連携。自動設計ツールを握ることでチョークポイントを制する、というのが経産省も加えた官民連携戦略とのことである。

 二つ目はNTTによるIWON(Innovative Optical and Wireless Network=アイオン)構想。電気ではなく光で情報処理する世界を築き、デジタル技術を丸ごと塗り替える、というのが謳い文句である。各国の動きを図2にまとめてみた。

 

■おわりに

 半導体におけるスマホの次のキラーアプリケーションは「自動車」ということは、これまでも広く言われていることだが、半導体C E Oサミットに招かれたメーカーの顔ぶれを見るとその方向性が改めて裏付けられた。中国においても、米国に制裁を受けているファーウェイは、E V界のインテルを目指し、同社の自動運転E Vプラットフォームの普及に勤めている。実際、21年度12月期決算で過去最高益を記録しており、スマホ事業の売却益などの影響もあるが、自動車向け半導体を重視した製品構成の最適化や、D Xによる経営効率化なども増益の一因としている。このように、米中は揃って自動車シフトを鮮明にしている。

 一方で、日本の現在の動きを見ると、T S M Cの誘致と光電融合が目玉となっており、米中の動きと比較すると心もとないと感じるのは私だけだろうか。