ハカセKの書斎

ある技術者の独り言

「良い質問」をする技術

■はじめに

 「良い質問」とは、答えた先に気づきや行動がある質問のことです。このような質問をするためにはどのようにすれば良いか、コーチ・エィ社の取締役を務める粟津恭一郎氏の著書のエッセンスをまとめ、資料化してみました。
 

■質問の種類

 質問は、「良い質問」「軽い質問」「重い質問」「悪い質問」の四つに分類できます(図1)。

f:id:kami-3:20220227192937j:plain

「良い質問」とは、答えた先に気づきや行動が得られる質問です。後述する「軽い質問」を気づきや行動をもたらすように変えれば作ることができます。また、「重い質問」を答えやすくするように変えることでも作れるようです。
「軽い質問」は相手との関係を良好にするもので、相手が答えやすく、話していて嬉しく、話し慣れている話題が好ましいようです。例えば、成功体験を話してもらう、などがこれに該当します。相手との間に信頼関係を構築する際に用いると効果的です。
「重い質問」は答えたくないが、気づきや行動につながる質問になります。聞き手との間に質問の目的が共有されていることが重要です。
「悪い質問」は、気づき、行動、成長につながらない質問で、単に相手との関係を悪化させるものです。
 実際の対話の際には、軽い質問で相手との距離感を縮めながら、徐々に良い質問を投げかけて、相手に気づきを促していくのが良い対話の進め方です。良い質問の具体例を図2にまとめておきました。

f:id:kami-3:20220227193011j:plain

 

■良い質問をするために

 「良い質問」をするための姿勢として、「傾聴」することが最も重要とのことです。それと同時に背景にある思いや本当に伝えたい心情と真剣に向き合い、フィードバックを伝え、気づきを深めていくことが大切になってきます。そのために重要なことは、傾聴しながら相手に気づきを促す「アクティブ・リスニング」です。気づきを促す質問の作り方として、著者は二つの方法を示していました。前段階としてまず重要になるのが、著者が3Vとよぶ三つのキーワードです。Vision:手に入れたいもの、Value:価値観、Vocabulary:よく使う言葉、の三つです。これを見極めながら、①話し手があまり使っていない疑問詞とVを組み合わせる、②二つ以上のVを組み合わせる、のいずれかを試すと良い質問を作ることができるそうです(図3)。

f:id:kami-3:20220227193031j:plain

■まとめ

 著者によれば、優秀な人とそうでない人を分けるのは、質問の差だということです。また、自分への質問は成長のために効果的だとのことです。良い質問をする技術は仕事をする上で重要なスキルであるということは私も実感するところ。質問の技術を身につけることは、周囲や自分自身に良い影響を与えるのだと改めて思いました。

「晴天を衝け」の感想

 昨年末、NHK大河ドラマ「晴天を衝け」が最終回を迎えました。以前の記事で、渋沢栄一による「論語と算盤」の感想を書いた際に、同日初回だった「晴天を衝け」への期待も書きました。そこで今回、ドラマを見終わっての感想を述べたいと思います。
 まず、ドラマのリアリティーについてです。全体として、渋沢栄一の素晴らしさも、人間味溢れる部分も両面描かれていて違和感はありませんでした。明治以降の話は書籍などで知っていたことも多々ありましたが、生い立ちや幕臣時代の話、パリでの活躍などは知らなかったことが多く面白かったです。以前からどう描写するか気になっていた岩崎弥太郎との「屋形船会合事件」の回では、料亭での両者の激論をリアルに再現していました。また、栄一の負の側面である、「くに」さんを妾にした経緯、長男篤治廃嫡の顛末についても触れられていました。史実では「くに」さんは自分の知り合いの嫁に出す形で渋沢家を出されていますが、ドラマでは円満に一人で出ていったという描写になっていました。長男篤治廃嫡に伴い、孫の敬三に家を継いでほしいと頼む場面でも、生物学者になりたかった敬三の落胆よりも、祖父への尊敬の念に重きを置いた話となっていて、栄一の両面を描きながらもプラス面により光を当てたストーリーになっていると感じました。
 次に、ドラマとしての完成度についてです。一人の人物のみ描くと、一年続く大河ドラマでは間延びしがちですが、徳川慶喜渋沢栄一のストーリーを交錯させることで、内容に深みが出ていました。クライマックスでは、孫の敬三の視点で祖父栄一を描くことで、人間、渋沢栄一から、伝記の中の人物、「渋沢栄一」に変わっていく感じがありました。また、北大路欣也さんによる徳川家康のナレーションは斬新で、時代背景を知る助けになりました。
 非常に面白いドラマで十分満足だったのですが、あえて残念な点を挙げるとすると、栄一が大事にしていた論語に関する描写が少なかった点と、500以上の企業設立に関わった偉業がさらっと流されていた点です。これは、コロナ禍でロケができない時期があったこと、オリンピックで一ヶ月放送が無かったことから例年より10話ぐらい回数が少なくなったことが大きく影響したようです。あれだけの企業設立に関わる中で、色々な苦労があったはずで、その辺りのエピソードが描かれていれば、より面白い話になったのではないかと思われます。せめて45回ぐらいは何とかやって欲しかった。
 俳優陣については、豪華なだけでなく、ハマり役の方々が多く、よりドラマに引き込まれることになりました。吉沢亮さんの好演は勿論ですが、特に徳川斉昭役の竹中直人さん、岩崎弥太郎役の中村芝翫さんは存在感抜群のうえ、お顔も似ていて本当に引き込まれました。徳川慶喜を演じた草彅剛さんの演技も素晴らしく、慶喜の気品や苦悩を感じることができました。心に残るシーンは数多くありましたが、パリ行き前の栄一と慶喜が家康の遺訓である「神君遺訓」を共に唱えるシーンでは胸が熱くなりました。
 渋沢栄一という人物の魅力が存分に描かれた素晴らしいドラマでした。

MOTについて

 MOTとは、Management of Technologyの略で日本語では技術経営と略します。MOTの目的は、新事業の創出、研究開発の効率化、収益の最大化の三つと言われ、2000年台に日本でちょっとしたブームが起き、大学でのMOT講座の開設が相次ぎました。
 MOTというと、MBAとよく比較されますが、今のところ一番しっくりきている分類を以下に示します。要は、MBA企業の拡大と成長の ための経営と管理を主目的にしているのに対して、MOTは技術をベースにした 新商品・新事業の創出を主目的としています。つまり、MOTイノベーションに、MBAはマネージメントに主眼をおいていると言い換えられるかもしれません。

f:id:kami-3:20211229072420j:plain

図.MOTMBAの比較

 MOTは1980年台の日本の技術力に対抗するために、日本の製造業の品質保証やマネージメントを研究し、米国で始まったとされていますが、その後、日本企業の技術レベルは低下し、MOTが逆輸入された2000年台以降はさらにその傾向が強くなったように見えるのは皮肉としか言いようがありません。

 2000年以降の日本企業の国際競争力低下の原因は、経営戦略にあるとの指摘もあります。これからは経営的視点を持った技術者の育成が益々重要になるでしょう。

【読書メモ】はじめての社内起業

■はじめに

 起業に関する本は多くありますが、社内に特化した本は珍しく、約4年前に購入した本です。社内起業の進め方を「疑似体験」できるような形で、考え方から注意点まで丁寧にまとめた本という印象。いわゆる教科書的な説明でなく、具体的な事例を交えて説明されているので、自分ごととして想像しやすいです。突然、会社で新事業の立案を任されることになった方にはマニュアル的な本になるでしょう。実は私も以前、全く別の職種から新事業企画担当になったことがありましたが、その際、一般的なマーケティング本に加えて本書を読みながら手探りで仕事を進めた経験があります。
 

■本の内容(「BOOK」データベースより

書名:はじめての社内起業 「考え方・動き方・通し方」実践ノウハウ
概要:2015年7月発売
 「新規事業は雲をつかむ感じ。何から始めればいいのか…」「アイデアが浮かばない。『自由に考えろ』と言うけど…」「孤立無援。『敵』もいる。社内でどう動いたらいい?」etc.会社員だからこそできる「起業」がある!企業内起業家3,000名を育てた、元リクルート新規事業開発室マネジャーによるリアルメソッド!
 
著者情報:
 石川 明(いしかわ あきら)
 新規事業インキュベータ石川明事務所代表。早稲田大学ビジネススクール研究センター特別研究員。SBI大学院大学MBAコース客員准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
出版社:ユーキャン学び出版
 

■内容と感想

 事業会社での社内起業の場合、大きなハードルとなるのが上層部との調整です。これに関しては、事前準備をした上で、検討することの承認を得て、検討範囲の承認を得る、と段階的に話をすすめる重要性が強調されています。
 
何か具体的な検討テーマが指示されていない場合は、起案する前に、「どんな範囲で検討を進めていくべきか」を確認しておきましょう。  「既存の枠組みにしばられず、自由に」と指示する役員の中にも、漠然と「○○あたりにビジネスチャンスがありそうだ」とか「わが社では××はやるべきではない」というイメージを持っている ものです。
 
把握した情報をもとに設定したガイドラインは、次のようにできるだけ言葉にして経営陣と共有し、確認しておきましょう。【例】高齢者マーケットで、少人数で運営できて、3年以内に黒字化を目指せる事業(フェアウェイ)。だが、食品や医薬品は扱わない(OBゾーン)。
 
起案をした時、経営者から「そもそも検討範囲がおかしい」などという評価を受けてしまっては目も当てられませんので、それを避けるには、当たりをつけた段階で一度経営者の同意を得ることをおすすめします。
 
 また、根回しの進め方も具体的に説明されています。新事業企画を任された際、提案の中身に意識が行き過ぎ、調整を疎かにしていた私に根回しの重要性を思い起こさせてくれました。
 
事業内容を検討する作業と並行して、しかるべき人に少しずつ「根回し」をしておきましょう。小出しに考えを伝え、いわゆる「ジャブ打ち」で距離を測り、イメージをすり合わせながら案を磨いていくことが有効です。 そして最終的に、「関係者の皆さんと相談しながら検討してきました」という形で起案の場に持ち込めるのが、最善の状態です。
 
そのためには、「自分の考えた案を聞いてもらい説得する」のではなく「相談を持ちかける」スタンスで臨むのが有効 です。よい案をいっしょに考えてもらう、という形をつくることによって、キーマンたちと「一蓮托生」の関係づくりができます。
 
 本書では、「事業とは『不』の解消である」と定義しています。ここでいう「不」とは不便、不満などの顧客の困りごとです。そして、これを解決することこそが、事業の本質と著者は言います。この「不」の分析を通じて新事業を具体化する方法を国語・算数・理科・社会になぞらえて説明されています。
 
第1段階は、「国語の時間」。「どんな人(法人)」が「どんな気持ち」で、どんな「不」を抱えているのか。その人(法人)の姿がリアルに思い浮かぶようにします。  第2段階は、その「不」の大きさを推計する「算数の時間」。「不」の大きさを、「抱えている人(法人)の数」×「抱える頻度」×「感じる深さ」の掛け算で推計します。  第3段階は「理科の時間」。その「不」が生じている理由を分析します。 最後の第4段階は「社会の時間」。なぜ世の中でそのような「不」が解消されずに残っているのか、という社会的背景の分析をします。
 
 これについては私なりに図化してみました(図1)。また、PEST分析、STP分析の考え方も、一般的な説明に加え、「不」を解消する事業案として適切かどうか検証する手段として説明されており、社内起業を想定した場合、ツールとしてどう使いこなすかという視点での理解が進みました。PESTは図2、STPは図3にエッセンスをまとめました。

f:id:kami-3:20210828173533j:plain

図1. ビジネスチャンスを探すステップ

f:id:kami-3:20210828173651j:plain

図2. PEST分析

f:id:kami-3:20210828173747j:plain

図3. アイディアをプランにする戦略の立て方

 

 

【読書メモ】スピーチの教科書

■はじめに
 スピーチに苦手意識があり、色々な本を読みました。その中で一番納得感があったのが本書です。スピーチ関連の書籍には、話し方のHow to本が多く、それはそれで参考になるのですが、理屈っぽい私は、ロジカルで普遍性の高いスピーチ本を探していました。そんなとき出会ったのが本書です。本書は元ソニーのスピーチライターで経営コンサルタントの著者がスティーブ・ジョブズ氏の「伝説のスピーチ」を題材にスピーチの作り方や話し方を総合的にまとめた本です。ロジカルシンキングに基づくスピーチの組み立て方は納得感が高く、理屈で理解したい方にはお勧めの本です。
 

■本の内容(「スピーチの教科書」より抜粋)

書名:スピーチの教科書 感動をつくる7つのプロセス
概要:2012年2月発売
 プレゼンのトレンドは、スライド重視から、心を動かすスピーチへ! スティーブ・ジョブズほか、オバマ大統領、TED、ブータン国王など、国内外の名スピーチを徹底解剖、重要ポイントだけを抽出。話の組み立て方から原稿作成、話し方にいたるまで、スピーチの基本がこの1冊ですべてわかる。
 
著者情報:
 佐々木繁範(ささき しげのり)
 1963年生。1987年に同志社大学を卒業後、日本興業銀行に入行。1990年にソニー株式会社に入社。ソニーでは2001年まで出井伸之社長の戦略スタッフ兼スピーチ・ライターを務める。2009年に経営コンサルタントとして独立。ロジック・アンド・エモーション代表。
 
 

■内容と感想

  本書を参考にスピーチの作り方と考え方を以下にまとめてみました。
 

1.スピーチの核をつくる

 まず、スピーチの核をつくります。その際、注意すべき点は、主催者の意図と聴衆の関心と期待を踏まえた上で、メッセージを決めていくことです。マインドマップなどを用いて発想すると考えがまとめやすくなります。
 

2.メッセージを絞る

 核ができたらメッセージを絞ります。このとき大切なのが、言いたいことを一つに絞ること。これをメインメッセージとして書き下します。メインメッセージは主語と述語からなる文章にすることが大切です。スピーチにおけるメッセージは話し手の主張や願望を伝えるものだからです。
 

3.話を効率的に組み立てる

 代表的な話の組み立て方は3つあります。
①ポイント提示型
 メインメッセージを支える論点を並列で示す方法。よく、これから3つの話をします、と前置きしてから話を始めるパターンがこれです。
 
②問題解決型
 現状、問題点、解決策、アクションの順に説明する方法。ビジネスプレゼンのほとんどはこのパターンだと思うので、ビジネスマンの方には使いやすいフレームですね。
 
③ストーリー型
 実体験とそこから学んだ教訓を聴衆に伝えたいときに有効なフレーム。説明者の主観を交えて説明する方法で、起承転結的に話を展開します。これにメッセージ(教訓)を加えるとドラマチックなスピーチになるそうです。ちなみに映画やドラマは大体、「状況設定(起承)→葛藤(転)→解決(結)」の流れになっているようです。これらを場合に応じて使い分けますが、組み合わせることも有効です。例えば、前述のスティーブ・ジョブズのスピーチはポイント提示型のボディにストーリー型を組み合わせた「合せ技」になっているそうです。
 
 私はこれまで無意識にこれらを使っていましたが、意識的にできると話の論理性だけでなく、より聴衆をひきつける話ができるような気がしました。
 

4.原稿作りとデリバリー

 基本構想→アウトライン→フルテキスト→言葉磨き、の順で作り込んでいきます。原稿は作った上でお守り代わりに使うのがポイント。原稿を丸暗記するのではなく、作り込む中でスピーチの完成度を上げていくことが大切です。
 スピーチの内容を聴衆に伝える作業をデリバリーと呼びます。デリバリーで大事なことは、「聴衆と心が通じ合うこと」であると著者は言います。話し手が心のそこから聴衆のためを思って何かを伝えようとしていると、話し手の思いが感じられてたとき、聴衆と心が通じ合うからです。
 有名な「メラビアンの法則」は、「言葉、声のトーン、ボディランゲージがちくはぐな場合、受け手は言葉より声や身体が物語ることを重視する」という研究結果であり、これを持って内容よりも声やボディランゲージが重要と解釈する解説する書籍も多数あります。一方で著者によると、メラビアン自身がこれを否定しているとのことです。
 重要なのは聴衆に対する思いであり、それが話し方やボディーランゲージに現れると著者は強調します。つまり、形より気持ちが大事で、聴衆もそれを感じ取るのだそうです。このことを私は誤解していました。これからプレゼンをする際には「自分は何を聴衆に提供できるのか」を心に留めたいと思います。
 
 最後に、本書の題材となったスティーブ・ジョブズ氏のスタンフォード大学卒業式でのスピーチは、ビデオでの視聴ながら本当に心が動かされました。私も随分前に大学を卒業したいい年の大人ですが、これからも、ハングリーで、愚かで、あり続けたいと思います。
 
 今回まとめたことを図解でも表現してみました。もし、こうすればもっとわかりやすくなるのでは、などお気づきの方がおられましたらコメント等頂けると嬉しいです。

f:id:kami-3:20210811105153j:plain

「スピーチの教科書」まとめ

【読書メモ】現代語訳 論語と算盤

■はじめに

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」が今日からスタートします。このドラマの主人公は渋沢栄一。私が好きな歴史上の人物ベスト3に入る偉人です。理由は、経済と道徳は両立すると説き、公のために尽力された理の人でありながら、バイタリティに溢れる逸話も持つ人間味のある英傑だと思うからです。今回取り上げた「論語と算盤」は折に触れて見返す座右の書の一つです。ドラマ第一話を楽しみにしつつ、今朝、本棚から本書を手に取り読み直しました。
 

■本の内容(「論語と算盤」より抜粋)

書名:現代語訳 論語と算盤
概要:2010年2月発売
 日本実業界の父が、生涯を通じて貫いた経営哲学とはなにか。「利潤と道徳を調和させる」という、経済人がなすべき道を示した「論語と算盤」は、すべての日本人が帰るべき原点である。明治期に資本主義の本質を見抜き、約470社もの会社設立を成功させた彼の言葉は、指針の失われた現代にこそ響く。経営、労働、人材育成の核心をつく経営哲学は色あせず、未来を生きる知恵に満ちている。
 
著者情報:
 渋沢栄一(しぶさわ えいいち)
 1840〜1931年。実業家。約470社もの企業の設立・発展に貢献。また経済団体を組織し、商業学校を設立を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。
 
訳者情報:
 守屋 淳(もりや あつし)
 1965年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務後、中国古典の研究に携わる。雑誌連載、講演などを数多く行う。
 
出版社:ちくま新書
 

■本文抜粋と所感

 
 本書は渋沢栄一が書いたわけではなく、その講演の口述をまとめたものです。その意味では、本書の主題であり、孔子の言葉をまとめた「論語」と似ているかもしれません。
 今回、改めて見直してみて、心に響いた箇所を抜粋します。
 
世の中のことは、「こうすれば必ずこうなるものだ」という原因と結果の関係がある。ところがそれを無視して、すでにある事情が原因となってある結果を生じてしまっているのに、突然横からあらわれて形成を変えようとし、いかに争ってみたところで因果関係はすぐに断ち切ることができない。(中略)人が世の中を渡っていくためには、成り行きを広く眺めつつ、気長にチャンスが来るのを待つということも、決して忘れてはならない心がけである。
逆境に立たされる人は、ぜひともその生じる原因を探り、それが「人が作った逆境」であるのか、それとも「人にはどうしようもない逆境」であるのかを区別すべきである。その後、どう対処すべきかの策を立てなければならない。(中略)逆境に立たされた場合、どんな人でもまず、「自分の本分」だと覚悟を決めるのが唯一の策ではないか、ということなのだ。現状に満足することを知って、自分の守備範囲を守り、「どんなに頭を悩ませても結局、天命であるから仕方がない」とあきらめがつくならば、どんなに対処しがたい逆境にいても、心は平静さを保つことができるに違いない。
利益を得ようとすることと、社会正義のための道徳にのっとるということは、両者バランス良く並び立ってこそ、初めて国家も健全に成長するようになる。個人もちょうど良い塩梅で、富を築いていくのである。
人情の弱点として、利益が欲しいという思いがまさって、下手をすると富を先にして道義をあとにするような弊害が生まれてしまう。それが行きすぎると、金銭を万能のものと考えてしまい、大切な精神の問題を忘れ、モノの奴隷になってしまいやすいのだ。
たとえどんなことでも、自分のやるべきことに深い「趣味」を持って努力すれば、すべてが自分の思う通りにならなくても、心から湧き出る理想や思いの一部分ぐらいは叶うものだと思う。孔子の言葉にも、「理解することは、愛好することの深さには及ばない。愛好することは、楽しむ境地の深さには及ばない」とある。これは「趣味」の極致といって良いだろう。自分の務めに対しては、この熱い真心がなくてはならないのだ。
 
 最後の一節は論語の「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好むものはこれを楽しむものに如かず」の引用でしょう。私の好きな言葉の一つです。
 
 渋沢は道徳観を持ちながら商売に向き合うことの重要性を本書の中で繰り返し述べています。「賢者は、貧賤な境遇にいても、自分の道を曲げない」という孔子の教えを引用しつつ、武士道のもっとも重要な部分である「正義」「廉直」「義侠」などにあてはまるとしています。元武士であった渋沢は武士道を重んじる実業家であろうとしたのでしょう。
 
 また、各章は、処世と信条、仁義と富貴、など相反するであろうキーワードを両面から考え、「中庸」を大切にしていた姿勢が読み取れました。善悪や損得の二元論で語られがちな欧米の資本主義的な思想とは一線を画す、日本人にとって受け入れやすい考え方だと思います。
 
 一方、本論を一読すると、素晴らしい偉人の姿しか見えないのですが、巻末の守屋氏による「渋沢栄一小伝」を読むと、渋沢の違った側面が浮かび上がります。三菱の創始者である岩崎弥太郎と対決した「屋形船会合事件」では、自分と組んで日本の富を独占しようと持ちかける岩崎に対して、渋沢は日本全体を発展させるために、独占すべきでないと主張して二人は激しく対立します。
 
 結果、会合は物別れに終わって渋沢は帰ってしまうのですが、その席にいた馴染みの芸者と姿を消したそうです。先日テレビで渋沢栄一を解説する再現ドラマをやっていたのですが、渋沢と岩崎の横に芸者はおらず、渋沢は一人で帰っていましたね。。。
 
 私生活についても触れられていましたが、道徳を口にするわりに女性関係にだらしないのが唯一の弱点と本人も認めていたようで、子供は三十人以上いたらしいです。
 
 このように偉人でありながらバイタリティに溢れる渋沢栄一は本当に魅力的な人物です。大河ドラマではどのように描かれるのでしょうか。本当に楽しみです!

 

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

 

 

【読書メモ】ファシリテーション超技術

■はじめに

 「プロファシリテーター」の肩書に惹かれて本書を手に取りました。コロナ禍で対面の会議が減り、オンライン会議が一般的になったという方も多いと思います。本書を参考に会議のやり方を今一度見直してみても良いかもしれません。
 

■本の内容

書名:ゼロから学べる! ファシリテーション超技術
概要:2020年10月発売
 プロファシリテーターを名乗る著者が実体験をもとにファシリテーションのスキルを分かりやすくまとめた本。主に問題解決型の会議で使えるスキルを紹介。オンライン会議のポイントについても詳しく記されている。
 
著者情報:
園部浩司(そのべ こうじ)
 著者の園部氏は、元々民間企業出身で2016年に独立。人材育成や組織改革、風土改革のコンサルティングを行っている。ファシリテーターの育成にも尽力。本書出版時点で6600人以上を指導されたとのこと。
 
出版社:かんき出版
 

■感想

 
 自分の経験に照らして重要と思ったポイントを以下に纏めました。
 
  1. アジェンダで会議の成否が決まる30分以上の会議にはアジェンダ作成が必須。アジェンダ作成における注意点は次の二点。①必ず会議の具体的な目的を記載する、②脚本を書くように時間配分やゴールへの導き方など思考を巡らせながら作成する。
  2. 問題解決はステップバイステップで:問題解決系の会議は次の順序で進める。①現状とあるべき姿のギャップを明確化、②問題の原因の特定、③問題の解決策の立案。この時、各ステップが混ざらないようステップバイステップで行う。ホワイトボードなどで議論を可視化することで、空中戦を避けられる。オンライン会議ではエクセルやパワーポイントをホワイトボード代わりに使うと良い。
  3. 問いの設計がキモ:「問いの設計」が意見を引き出すキモ。会議の結論に関しては事前に落とし所を考えておくべき。ストーリーが描けるということは「良質な問い」が建てられているという証左。
  4. メンバーを尊重する:異なる意見でも否定せず、プラスの側面を見つける。メンバーの意見を尊重することで、各人が自分ごととして考えるようになる。
  5. 会議を荒らされないために:会議中に怒り出す人に対しては、こちらは感情的にならず、相手の発言を受け入れる。そして会議後には必ずフォローを入れる。事前の準備でこのような自体は避けられる事が多いので会議設計を念入りに行う。
 
 オンライン会議で難しいのがブレインストーミングなどのアイディア出しです。本書ではエクセルなどを使ったやりが方が紹介されていましたが、私は最近、Scappleというソフトを使っています。これを使うとキーワードの入力やグルーピングが非常にスムーズに進むので、オンラインでのアイディア出しが楽しくなりました。
 
ゼロから学べる! ファシリテーション超技術